経典や聖書を読む必要はあるか?
まったくありません。
なぜなら当時の弟子たちも抽象度が低くレベルが低すぎて、イエスやブッダの教えや心が理解できなかったからです。
それどころか彼らはイエスやブッダを裏切りました。
そのような不完全な弟子が書いた不完全な書物を読んで議論しているのが宗教や宗教学なのです。
これで賢い人なら宗教には1ミリの価値もない、経典や聖書は全て偽書ということが理解できたでしょう。
何千年という宗教論争に終止符を打ち、ノーベル賞がもらいたいくらいのコペルニクス的転換です。
昔も今もイエスやブッダのように覚醒したマスターは大勢いると思います。
彼らは大衆を説得して教えを説くなどという、無駄でリスクの高い行動を選びませんでした。
ただ静かに悟りの境地を楽しみ、誰にも知られることなく静かに一生を終えるのです。
それが覚醒者というものです。
私はブログを書いてますが、大衆に理解させ行動やマインドを変えさせることは諦めました。
そのような試みは自分が消耗するだけで、下手をしたら大衆の恨みを買います。
マスターたちや預言者たちはどうなったでしょうか?
イエスやソクラテスは?
本人はイデア界が見えていても、洞窟の住人に説得するなどということはしないのが賢明なのです。
それが現代版の覚醒者です。
人はメディアによる巨大な情報マトリックスに生きている。
この謎めいた現代版の真理を説いて、今回は筆を置きます。